先日開催されたセッション「Modernizing Critical Infrastructure: AI and Data-Driven Solutions in Nuclear and Utility Operations」では、Westinghouse社のLou Martinez Sancho氏とSouthern CompanyのNick Wadley氏が登壇し、クリティカルインフラのDXへの取り組みや課題、可能性について見解を共有しました。本記事では、原子力や電力業界におけるデジタル変革の動向と、AIやデータ活用の最前線をレポートします。
世界的な脱炭素化の流れとデータセンター需要の急増を背景に、エネルギー業界では今後大幅な電力需要の増加が予測されています。これを受け、既存インフラの運用効率化や新たな供給源の確保を視野に入れたDXが急務となっています。
乗り越えるべき課題:データサイロとレガシーシステム
クリティカルインフラ、特に歴史の長い原子力プラントや電力ユーティリティでは、部門ごとに独立したデータサイロや、紙や旧フォーマットで保管されたレガシー情報資産が散在しています。Sancho氏は、原子力業界が厳格な規制下で運営されている点を指摘し、長年にわたる運転データや文書を効率的に管理・参照する仕組みの必要性を訴えました。また、熟練エンジニアの高齢化や労働力不足も深刻化しており、限られた人材で安全基準を満たしつつコスト効率を高めるには、AIとデータ分析の活用が鍵となります。
事例1:Westinghouseの核専用AIプラットフォーム「Hive」とLLM「Bertha」
Westinghouseは協業パートナーとともに、原子力分野に特化したセキュアなAIプラットフォーム「Hive」を構築。その上で動作する大規模言語モデル(LLM)「Bertha」は、同社で蓄積された技術文書や規制関連の情報を参照できる仕組みを提供し、以下の用途で活用されています。
- 規制文書へのアクセス支援
自然言語インターフェースを通じて、エンジニアが文書検索を効率化できるよう設計。 - 安全性評価や性能予測の高度化
機械学習を活用して詳細なデータ分析を実現し、安全マージン最適化や性能予測精度向上を支援。 - ナレッジ継承のサポート
過去の事例や技術解説をAIが提示し、若手エンジニアの学習や課題解決を補助。
Sancho氏は「AIは最終意思決定を行わず、人間の判断を補完する存在であるべき」と強調し、「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の重要性を訴えました。
事例2:Southern Companyの「Data Out of the Box」戦略
Southern Companyは「Data Out of the Box」をスローガンに掲げ、部門横断のデータ活用基盤を整備中です。散在する顧客データや設備データを集約し、以下のプロダクトで実践的な成果を生んでいます。
SPHERE(Southern Power House Event Response Engine)
過去の気象データや停電実績をAIで分析し、異常気象時の影響を予測。復旧リソースの最適配置や迅速な対応を支援します。
RAMP(Reliability Analysis and Monitoring Platform)
停電履歴や障害原因データを分析し、個々の顧客や設備の信頼性状況を把握・改善する情報を提供します。
これらのツールはアジャイル開発で現場のフィードバックを反映し続けており、スマートデバイスからも使いやすい設計で、現場から経営層までデータドリブンな意思決定を支えています。
DXを支えるアーキテクチャ
両社に共通するのは、Databricksのデータレイクとデータウェアハウスを統合的に管理するアプローチを採用している点です。この仕組みを活用することで、データの一元管理、品質保証、ガバナンスを両立させ、AI活用やリアルタイム分析を支える基盤を整えています。
成果と今後の展望
リアルタイムインサイトの獲得により迅速な意思決定が可能となり、予防保守やリスク予測の精度向上はインフラ安全性を高めます。また、AIによる業務支援は人手不足の解消や運用コスト削減にも寄与しています。Wadley氏は将来的に人間が監督しつつ自律的に課題を検知・提案する「Agentic Workflow」の実現に期待を示しました。
AIとデータは、安全で効率的、かつ持続可能なインフラ運用の要としてますます重要性を増しています。
まとめ:DX推進への一歩
クリティカルインフラのDXを成功させるためには、以下のポイントが有効です。
1. トップダウンで明確なビジョンを示す
2. データレイクとデータウェアハウスの統合基盤を整備する
3. 現場ニーズに即した小規模プロジェクトから着手する
4. アジャイル開発と継続的改善を徹底する
AIとデータがもたらすインサイトは、あらゆる業界のDX推進にとって重要なヒントとなるでしょう。