Databricks AI/BI GenieとTeamsの連携:チャットで実現する次世代のセルフサービスBI
DatabricksのソリューションアーキテクトであるRyan Bates氏と、米国の家具販売チェーンRooms To Goでデータエンジニアリングを担当するNathan Sundararajan氏による講演「Empowering Business Users With Databricks — Integrating AI/BI Genie With Microsoft Teams」は、生成AIを活用した新しいデータ分析の形を提示する示唆に富んだセッションでした。
本記事では、この講演内容を基に、ビジネスユーザーが日常的に利用するMicrosoft Teamsから、自然言語で直接データ分析を実行できるソリューションのアーキテクチャ、導入事例、そして実践的なノウハウを解説します。対象読者は、データ利活用の民主化を目指すデータエンジニア、BI開発者、そして現場のニーズに応えたいビジネスリーダーの方々です。
BI/アナリティクスの課題と自然言語インターフェースの登場
Ryan Bates氏は講演の冒頭で、童話『もしもねずみにクッキーをあげると』を引用し、従来のBI開発が抱える課題を巧みに表現しました。ビジネスユーザーにダッシュボードを提供すると、次はフィルター追加、カスタム指標の実装、リアルタイム化、モバイル通知、そして「チャットボットで質問したい」という要求が次々と発生し、開発チームは終わりなき改修サイクルに追われます。
この課題を解決する鍵として登場したのが、DatabricksのAI/BI Genieです。これは、ユーザーが自然言語でデータに質問し、対話形式でインサイトを得られる生成AIベースのインターフェースです。SQLの知識がなくても、まるで人に尋ねるかのように「昨日の店舗別売上トップ5は?」といった質問を投げかけるだけで、Databricks Lakehouse上のデータを参照しやすい形で返答を得ることが可能になります。
Rooms To Goが実現したアーキテクチャ
この講演の核心は、Rooms To Goが実際に構築し、本番環境で利用しているシステムの事例です。彼らは、多くの企業で標準的なコラボレーションツールとなっているMicrosoft Teamsをフロントエンドとし、AI/BI Genieをバックエンドに据えたチャットボットを開発しました。
統合フロー:TeamsからDatabricksへ
- Microsoft Teams
ユーザーがチャットインターフェースに自然言語で質問を入力 - Azure Bot Service
Teamsからのメッセージを受け取り、後段のWebアプリケーションを呼び出し - Webアプリケーション (Python)
リクエストを整形し、Databricks Genie APIを呼び出し - Databricks Genie API
自然言語を解釈し生成したSQLをサーバーレスウェアハウスで実行 - Teamsへの返信
結果を整形し、Azure Bot Service経由でTeamsに表示
このアーキテクチャの優れた点は、ユーザーが使い慣れたTeamsのインターフェースから離れることなく、高度なデータ分析を実行できる点にあります。
DLTによる準リアルタイムなデータ処理
Rooms To Goでは、DatabricksのDelta Live Tables (DLT) を活用し、Kafkaからのストリーミングデータを継続的に処理するパイプラインを構築。数分単位の遅延でデータをレイクハウスに反映させる「準リアルタイム」なデータ提供を実現しています。
Nathan氏は「ユーザーは『リアルタイム』という言葉が大好きです。技術的には『準リアルタイム』でも、そう伝えるだけで満足度が格段に上がります」と語り、技術とユーザー心理の両面を理解した運用のコツを共有しました。
ケーススタディ:Rooms To Goの導入と運用
当初は経営層向けの売上分析チャットボットとして検討されましたが、行レベルセキュリティの実装に課題があったため、ユースケースを「倉庫の在庫管理」に切り替え。プロトタイプを倉庫ユーザーに提供し、多様な質問への応答を通じてGenieの生成SQLをチューニングしました。この地道な学習プロセスが、独自業務用語や文脈を理解する精度の高いチャットボットを実現する鍵となりました。
技術的課題とベストプラクティス
APIの制限と対策
Databricks Genie APIには、1分あたりのクエリ上限や返却行数制限があります。これに対し、Rooms To Goではユーザーが大量の行を一度に扱う際に、より具体的な切り口で質問を行うようガイドし、効率的な利用を促しています。
認証方式の進化:PATからEntra IDへ
初期はPersonal Access Token (PAT) を用いた認証でしたが、近年発表されたAzure AI Foundry連携により、Microsoft Entra ID(旧Azure AD)を活用した認証とアクセス制御の強化が期待されます。
データモデル設計の重要性
講演では、マテリアライズドビューや主キー・外部キーの適切な設定を用いたデータモデル設計が推奨されました。Rooms To Goでもこのアプローチに切り替え、テーブル間のリレーションを明示的に定義することで、パフォーマンスと応答精度が向上したと報告しています。
今後の展望とまとめ
Rooms To Goの事例は、AI/BI GenieとTeamsの連携が実ビジネスで価値を生んでいることを示しています。今後はAzure Foundry連携によるさらに細粒度なアクセス制御や、API経由でのグラフ生成機能、用途別に複数のGenieを切り替える「マルチGenie連携」などがロードマップに含まれています。
導入検討時には、以下のステップが推奨されます。
- PoC (概念実証):比較的シンプルなセキュリティ要件のユースケースで検証を開始
- モデルチューニング:ユーザーからのフィードバックをもとにカスタムSQLで学習
- Entra ID連携への移行:Azure Foundry連携を活用し、Pat認証からEntra IDへ移行
- 全社展開:行レベルセキュリティを導入し、機密性の高い部門へ拡大
Databricks AI/BI GenieとMicrosoft Teamsの統合は、データ分析の専門家でないビジネスユーザーを真にエンパワーメントする可能性を秘めています。まるで優秀なアシスタントに話しかけるようにデータからインサイトを引き出せる未来は、すぐそこまで来ています。