酪農DXの最前線:LelyはいかにしてDatabricksで「内部データマーケットプレイス」を構築したか
オランダの酪農ロボット大手Lely社。同社はData + AI Summitの講演「Unlocking the Future of Dairy Farming: Leveraging Data Marketplaces at Lely」で、データ活用戦略の核心を明かしました。本記事では、講演内容を基に、LelyがDatabricks Private Exchangeを活用し、社内のデータ流通を劇的に効率化する「内部データマーケットプレイス」を構築した手法を解説します。この事例から、データプロダクトアプローチの具体的な導入方法や、それによってもたらされる開発速度向上やコスト削減といった実践的なメリットを学べるでしょう。
スマートファームへの変革を迫る、世界の酪農事情
Lelyのデータ戦略を理解するには、まず現代の酪農が直面する課題を知る必要があります。世界人口の増加に伴い、2050年までに食料需要は50%増加すると予測されています。一方で消費者は生産プロセスのトレーサビリティやサステナビリティを重視し、各国で環境規制も強化されています。
こうした背景から、Lelyは「スマートファーム」構想を掲げています。ロボティクスとデータを活用し、生産性・持続可能性・動物福祉を両立させる未来の農場を目指すこの構想では、農場内のあらゆる活動から生まれるデータを効率よく価値に転換することが鍵となります。
Lelyのロボットが生み出す膨大なデータ
Lelyの主力製品は、搾乳、給餌、清掃などを自動化するロボット群です。代表的なものが自動搾乳ロボット「Lely Astronaut」と自動給餌ロボット「Lely Vector」。特に「Lely Astronaut」は、牛が自らロボットに入り、首のタグで個体識別された上で搾乳を実施。乳量や乳質(脂肪、タンパク質、乳糖など)をリアルタイムで分析し、データをクラウドへ送信します。農場管理ソフトウェア「Lely Horizon」で可視化された情報をもとに、農家は個々の牛の健康状態や生産性を正確に把握し、経営判断に活用できます。
またLelyは消費者向けにもデータ活用例を展開しています。牛乳パックに印刷されたQRコードをスキャンすると、いつ、どの農場の、どの牛から搾られたかを確認できる仕組みを提供。生産効率化だけでなく、食の透明性という新たな価値を生み出す好例です。
データ活用のカオスを乗り越える「データプロダクト」という考え方
ロボットから日々生成される膨大なデータを社内の誰もが効率的に活用するにはどうすればよいか。Lelyは従来の「ビッグバン型」や「グラスルーツ型」の問題点を踏まえ、データを「製品」として捉えるデータプロダクトアプローチを採用しました。
データプロダクトとは、単なるデータセットではなく、「丁寧にキュレーションされたデータセット」に、データの意味や使い方を定義したメタデータ、サンプルコード、ドキュメントなどを加えたパッケージです。利用者を起点に設計し、明確なオーナーシップのもとで品質管理が行われます。
このアプローチは、データプロダクトの再利用性を高め、新規ユースケースの実装にかかる時間を最大90%短縮、運用コストを最大30%削減するとされるMcKinseyの調査結果でも高く評価されています。
Databricks Private Exchangeで実現する内部データマーケットプレイス
データプロダクトを組織内で流通・発見しやすくし、アクセスを管理するため、LelyはDatabricks Private Exchangeを応用。共有先を自社組織内に限定することで、内部向けデータマーケットプレイスを構築しました。
- プロバイダープロファイルの作成 マーケットプレイス上に自社をデータ提供者として登録。
- データプロダクトの登録(リスティング) テーブル、ファイル、AIモデル、ノートブックなどをプロダクトとして追加。メタ情報を付与し、内容を理解しやすくする。
- アクセス管理 利用希望者はリクエストを送信し、管理者が承認・拒否を判断。誰がどのデータにアクセスしているかを中央で管理できる。
- 利用状況の追跡 システムテーブルを有効化すると、リクエストや利用状況をダッシュボードで追跡。定量的にデータプロダクトの価値を評価可能。
これにより、社内ユーザーはどのようなデータプロダクトが存在するかを簡単に検索し、正式な手順でアクセスを取得できるようになりました。
導入効果と見えてきた次の課題
この内部データマーケットプレイスの導入により、Lelyはデータプロダクトの発見性と再利用性を向上させました。新規プロジェクト開始時のデータ探索やパイプライン構築にかかる手間を大幅に削減し、McKinseyの調査が示す可能性を現実のものにしつつあります。
一方で、外部共有向けに設計された仕組みを内部利用に転用したため、よりきめ細かなガバナンスやアクセス制御機能が求められるケースも出てきました。こうした課題に対しては、Databricksが専用の内部マーケットプレイス機能を計画中であり、さらなる改善が期待されています。
まとめ:データが駆動する酪農の未来へ
Lelyの事例は、伝統産業である農業がデータとAIを活用して未来を切り拓く好例です。ロボットから得られるデータを「プロダクト」として扱い、組織全体で価値を最大化するマーケットプレイスを構築することで、データ活用の民主化を実現しています。専門家でなくても安全かつ簡単にデータへアクセスし、新たな価値創造に挑戦できる環境は、スマートファーム構想の要と言えるでしょう。
この記事を通じて、自社のデータ管理・共有体制を見直し、データプロダクトとマーケットプレイスの考え方を導入するヒントを得ていただければ幸いです。