先日開催された「Partner Summit Breakout_ SAP and Partners」は、データとAIの世界における大きな変革を予感させるセッションでした。この講演では、DatabricksのISVビジネスリーダーであるSarah氏、グローバルコンサルティング&SIパートナーシップを率いるSabina Shaikh氏、SAPのフィールドエンジニアリングリーダーCatherine Fan氏、そして業界ユースケースのスペシャリストSamir氏が登壇し、SAPとDatabricksの戦略的パートナーシップがもたらす巨大なビジネスチャンスについて語りました。
本記事では、このセッションの内容を基に、なぜ今この連携が重要なのか、どのような技術がそれを支え、企業が直面する課題をどう解決するのかを、具体的な事例と共に掘り下げていきます。
なぜSAPとDatabricksの連携が重要なのか
まず、このパートナーシップがなぜこれほど注目されるのか、その背景から見ていきましょう。講演の冒頭でSabina Shaikh氏が提示した市場データは、その重要性を雄弁に物語っています。
Gartnerの予測によると、AIソフトウェアへの支出は2027年までに2,980億ドルという驚異的な規模に達する見込みです。これは、あらゆる企業がデータとAIの活用を経営の中心課題と捉えていることの表れに他なりません。
この巨大な市場機会を牽引するのが、SAPとDatabricksという2つの巨人です。Databricksは年間60%という急成長を遂げ、売上は30億ドルに到達。1億ドルを超える大型案件も500件を記録するなど、その勢いはとどまるところを知りません。一方のSAPは、世界中のトップ企業100社のうち99社が利用し、40万社以上の顧客基盤を持つエンタープライズソフトウェアの雄です。
これまで多くの企業にとって、基幹システムであるSAPのデータと、それ以外の多様なデータを統合し、AIで活用することは大きな課題でした。この両社の連携は、その長年の課題に対する決定的な答えとなり得るのです。
BDCとDatabricks:連携を支える2つのコア技術
このパートナーシップの技術的な中核をなすのが、SAP Business Data Cloud (BDC)とDatabricks Lakehouseプラットフォームです。それぞれの特徴を理解することが、連携の価値を把握する鍵となります。
SAP Business Data Cloud (BDC) の特徴
Catherine Fan氏によれば、SAP BDCはSAPデータと非SAPデータをシームレスに統合・活用できるプラットフォームとして提供されます。従来、SAPのデータを外部で利用するには複雑なデータ抽出や連携パイプラインの構築が必要でしたが、BDCではSAPアプリケーションからのデータ取り込みがスムーズに行え、データサイロや重複を防ぎながら迅速にビジネスデータを準備できます。
Databricks Lakehouseの強み
Databricksは、データウェアハウスの信頼性・性能とデータレイクの柔軟性・拡張性を両立させた「Lakehouse」アーキテクチャを提唱しています。BDCによって準備されたSAPデータは、このLakehouse上でIoTセンサーデータ、顧客行動ログ、市場データといった非SAPデータと容易に組み合わせられ、高度なAI/機械学習モデルの開発や全社規模でのデータ分析が単一プラットフォーム上で実現可能になります。
連携アーキテクチャと主要技術コンポーネント
では、具体的にどのような技術がこの連携を支えているのでしょうか。Catherine Fan氏は、特に重要な3つのコンポーネントを挙げています。
Delta Sharing
オープンなデータ共有プロトコルで、データを物理的に移動させることなくSAP BDCとDatabricks間で安全に共有できます。Delta Sharingは、追加のデータ転送コストが発生しないため、リアルタイムに近いデータ連携が可能です。
Unity Catalog
Unity Catalogはデータガバナンス機能で、誰がどのデータにアクセスできるかを一元管理し、データの来歴(リネージ)を追跡可能にします。IT部門は厳格なガバナンスを維持しつつ、ビジネス部門はセルフサービスで必要なデータにアクセスできます。
Mosaic AI
Mosaic AIは生成AI向け開発環境を提供し、LLMのファインチューニングやRAG(Retrieval Augmented Generation)などを利用したカスタムAIを構築できます。SAPの正確な業務データを基に、自社業務プロセスに適したAIを開発し、自動化や高度な意思決定支援を実現します。
BDC×Databricksで解決できる主なビジネス課題
この強力な連携は、具体的にどのようなビジネス課題を解決するのでしょうか。Samir氏が紹介したユースケースの中から、特にインパクトの大きい3領域を見ていきます。
1. サプライチェーン最適化
SAPの在庫データや生産計画データに気象情報やSNSトレンド、物流パートナーの稼働状況など外部データを組み合わせ、高精度な需要予測を実現。サプライチェーン最適化は、SKUレベルでの在庫最適化、サプライヤーリスクの早期検知、物流コスト削減などが可能になります。
2. 産業AI(予知保全)
工場のセンサーデータ(OTデータ)とSAPの保守履歴や部品情報(ITデータ)を統合することで、設備の故障時期を高精度に予測できる「予知保全」を実現。計画外ダウンタイム削減とメンテナンスコスト最適化に貢献します。
3. 財務分析・計画
SAPが管理する財務データと市場データや経済指標を組み合わせることで、精緻なキャッシュフロー予測や収益性分析を実現。多様なシナリオを想定したシミュレーションにより、より確度の高い予算策定や投資計画が可能になります。
エコシステムとパートナーシップの重要性
この連携の成功には、SAPとDatabricksだけでなく、SIやISVといった幅広いパートナーエコシステムが欠かせません。Sarah氏とSabina氏は、以下の3種類のISVパートナーを紹介しました。
- Built-on: Databricksを基盤に自社製品を構築するパートナー(例: OneTrust, Anaxis)
- Data Partner: 保有データをDatabricks Marketplaceで提供するパートナー(例: Moody’s, Dun & Bradstreet)
- Tech Partner: Databricksと連携する技術を提供するパートナー(例: Sigma, Confluent)
これらのパートナーが協働し、業界や業務に特化したソリューションを共同開発・提供します。たとえばSIパートナー向けの「Brick Builder」プログラムでは、特定ユースケース向けのソリューションアクセラレータを開発し、Data PartnerやTech Partnerの技術・データを組み込むことで、顧客に最適化された価値を提供しています。
成功事例の深掘り
理論だけでなく、実際に多くの企業がこの連携で具体的な成果を上げています。Samir氏が紹介した代表的な事例を見てみましょう。
- Shell: グローバルな予備部品の在庫管理に適用し、安全在庫レベルを最適化。運転資金を大幅に削減し、数百万ドル規模のコスト削減を実現。
- Halliburton: ペタバイト級のセンサーデータとSAP保守記録を統合し、機械学習による予知保全を導入。計画外ダウンタイム削減と年間メンテナンスコスト10%削減を達成。
- Textron: S/4HANA導入後のデータをDatabricksと連携し、営業・マーケティング部門がセルフサービスで受発注データを分析できる環境を構築。意思決定の迅速化を実現。
これらの事例から見えるのは、SAPデータという「守りのデータ」と非SAPデータという「攻めのデータ」を組み合わせ、AIで分析することでコスト削減だけでなく新たなビジネス機会の創出も可能になるという点です。
導入プロセスとアクションプラン
最後に、企業やパートナーがこの大きなチャンスを掴むためのアクションプランをまとめます。
- Enable(学ぶ)
まずは知識習得。SAPは2024年Q3にパートナー向けのテスト・デモ環境を開放予定です。DatabricksやSAPのトレーニングコンテンツを活用し、BDC、Unity Catalog、Mosaic AIなどのコア技術への理解を深めましょう。 - Align(連携する)
自社の強みを活かせるユースケースを特定。サプライチェーン、産業AI、財務分析などから2領域を選び、デモ環境で検証。Databricksや他パートナーと連携し、共同で顧客アプローチ戦略を練りましょう。 - Execute(実行する)
市場投入に向けてホワイトペーパー執筆、ウェビナー開催、業界イベント出展などでソートリーダーシップを確立。DatabricksのMDF(共同マーケティングファンド)を活用し、ターゲット顧客へのアプローチを加速させましょう。
まとめと次のステップ
SAPとDatabricksのパートナーシップは、企業の最も重要な資産である「データ」を解放し、AIの力で新たなビジネス価値を創造するための包括的なプラットフォームとエコシステムを提供します。
この連携がもたらす価値は以下の3点に集約できます。
- データサイロの解消:SAPデータと非SAPデータをシームレスかつ安全に統合
- AI活用の民主化:高度なAI・生成AI開発を単一プラットフォームで誰もが利用可能に
- イノベーションの加速:強力なパートナーエコシステムとの共創による迅速なソリューション開発
この変革の波はすでに始まっています。まずは自社にとって最適なユースケースを見極め、情報収集と検証を進めましょう。SAPとDatabricksのパートナーシップが、あなたのビジネスの次なる成長を牽引する原動力となるはずです。