DatabricksとMCPで作る、次世代AIエージェント開発の最前線
Databricksが開催したセッション「Building Tool-Calling Agents With Databricks Agent Framework and MCP」では、同社のElise氏とSid氏が登壇し、AIエージェント開発における新たな標準となりうる「Model Context Protocol(MCP)」を活用した実践的なアプローチを解説しました。本記事では、このセッションの内容を基に、AIエージェントが外部ツールを安全かつ効率的に利用するための具体的な手法と、その背景にある思想を紐解いていきます。
AIエージェント開発の現状と、標準化が求められる背景
今日のAIエージェントは、単なるチャットボットを超え、ユーザーの代わりに自律的にタスクを実行する能力が期待されています。例えば、顧客サポートエージェントは、FAQが格納されたベクトル検索インデックスを参照するだけでなく、顧客の注文履歴が記録されたDeltaテーブルにアクセスし、よりパーソナライズされた対応を提供する必要があります。
しかし、このような高度なエージェントを開発する現場では、いくつかの根深い課題が存在します。Elise氏は、特に「ツールの再利用性」と「ガバナンス」の2点を挙げました。多くのプロジェクトでは、ツール連携の仕組みがその場限りで実装され、他のエージェントやチームで再利用することが困難です。また、エージェントに強力な権限を与えるほど、「誰が、どのデータやツールにアクセスできるのか」というガバナンスの維持が極めて重要になります。
こうした課題を解決する鍵として、Databricksが注目しているのがMCPです。MCPは、LLMが外部ツールを理解し、利用するためのプロトコルです。Elise氏が「MCPはLLMのために作られている」と述べたように、このプロトコルはモデルがツールの機能や使い方を効果的に理解できるよう設計されており、ツール連携の複雑さを抽象化します。Databricksは、このMCPの「標準化」という強みと、自社の強みである「ガバナンス」と「デプロイ能力」を組み合わせることで、エンタープライズレベルで信頼できるAIエージェント開発基盤の提供を目指しています。
ツール呼び出しの課題を解決する「MCP」とは
AIエージェントが真に役立つためには、外部の世界と対話し、アクションを起こす能力、すなわち「ツール呼び出し」が不可欠です。しかし、従来の方法では、エージェントとツールの連携は場当たり的になりがちで、開発の大きな足かせとなっていました。
ここで中心的な役割を果たすのが、Model Context Protocol (MCP) です。MCPは、AIエージェント(LLM)と外部ツール(API、データベース、関数など)が情報をやり取りする際のやり取りのルールを定めるプロトコルです。これにより、LLMは利用可能なツールが何か、そのツールがどのようなパラメータを必要とし、どんな結果を返すのかを統一された形式で理解できるようになります。
この標準化により、ツールごとに個別の連携コードを書く必要がなくなるため、一度MCPに準拠したツールを作成すれば、異なるエージェントやアプリケーション間で共有・利用が容易になります。これによって、開発効率やシステムの保守性・拡張性が高まる点が大きなメリットです。
Databricks Mosaic AI Agent FrameworkとMCPの融合
Databricksは、このMCPを自社のMosaic AIプラットフォームに深く統合することで、単なるツール連携以上の価値を提供しようとしています。講演で示されたアーキテクチャの核心は、「MCPでツール連携を標準化し、Databricksでガバナンスとデプロイを管理する」という考え方です。
具体的には、以下の2つの主要な機能が提供されます。
マネージドMCPサーバー
Databricksがホスティングとメンテナンスを行う、すぐに利用可能なMCPサーバーです。これにより、開発者はサーバーの運用を気にすることなく、Unity Catalogに登録されたデータ資産(ベクトル検索インデックスや関数など)をエージェントのツールとして即座に利用できます。カスタムMCPサーバー
企業独自のビジネスロジックやサードパーティのツールを、開発者自身がMCPサーバーとして構築・デプロイする仕組みです。これはDatabricks Appsを利用してセキュアにホスティングされ、開発からデプロイまでのワークフローが大幅に簡素化されます。
このフレームワークにより、開発者はローコードのAI Playgroundでの迅速なプロトタイピングから、Gitベースの本格的なコードファースト開発、そして本番環境へのゼロダウンタイムデプロイまで、一貫した体験の中でAIエージェントを構築できるようになります。
Unity Catalogによる鉄壁のガバナンス
Databricksのアプローチで特に注目すべきは、Unity Catalogとの緊密な統合によるガバナンスの徹底です。Unity Catalogは、Databricksプラットフォーム全体のデータ資産に対する統一的なアクセス制御を実現するサービスです。
この仕組みがMCPと連携することで、エージェントによるツール呼び出しにおいても、企業の厳格なセキュリティポリシーが自動的に適用されます。セッションでElise氏が示した例は非常に象徴的でした。
「もし私が特定のベクトル検索インデックスへのアクセス権を持ち、Sidが持っていない場合、同じMCPサーバーにアクセスしても、Sidがそのインデックスを利用できることはありません。」
ユーザー認証に基づいたアクセス権限がエンドツーエンドで維持されるため、機密データを含むツールであっても、情報漏洩のリスクを最小限に抑えながらエージェントに解放できます。
Telcoサポートエージェント構築の実演
セッションでは、これらのコンセプトを実証するため、通信会社(Telco)のテクニカルサポートエージェントを構築するデモンストレーションが行われました。
1. Playgroundでの迅速なプロトタイピング
まず、Elise氏はMosaic AIのPlaygroundを使い、コードを一行も書かずにエージェントのプロトタイプを作成しました。
カスタムツールの追加
Sid氏が事前にDatabricks Appsでデプロイした「障害情報確認用」のカスタムMCPサーバーを追加し、「Is there an outage in the Moscone Center?」と尋ねると、エージェントは即座にCheck Outage Status
ツールを呼び出し、障害情報を返しました。マネージドツールの追加
次に、Databricksが提供するマネージドMCPサーバーを追加し、Unity Catalogに登録されているナレッジベースと過去のサポートチケットのベクトル検索インデックスをツールとして利用可能にしました。「What is the unexpected purchase policy?」という質問に対し、エージェントはベクトル検索を実行し、関連ドキュメントを引用付きで回答しました。
このプロセスを通じて、アイデアの検証がいかに迅速に行えるかが示されました。
2. コードファーストでの開発とデプロイ
プロトタイプが完成した後、Elise氏はIntelliJ上のコードファースト開発環境に移行しました。エージェントのコード自体は、モデルやシステムプロンプトを定義する比較的シンプルな構造になっており、Playgroundで利用したツール群をそのままコードベースのエージェントに組み込むことができました。
デプロイプロセスも洗練されています。エージェントはMLflowでモデルとして登録・バージョン管理され、Databricksのサービングエンドポイントとしてデプロイされます。これにより、ゼロダウンタイムでの更新が可能となり、本番運用における安定性が確保されます。
3. カスタムMCPサーバーの更新と権限管理
続いてSid氏は、カスタムMCPサーバーの開発者側の視点を見せました。ローカル環境で「問題を報告する」という新しいツール(Python関数)をサーバーコードに追加し、テストを実行。その後、Databricks CLIを使って数コマンド実行するだけで、更新されたサーバーをDatabricks Appsにデプロイしました。
デプロイ後は、アプリの管理画面から誰にアクセス権を付与するかをGUI上で簡単に設定できます。これにより、ツール提供者側でのガバナンス運用がスムーズに行えることが示されました。
ベストプラクティスと今後の展望
このセッションから、エンタープライズ向けAIエージェントを開発するためのいくつかの重要なベストプラクティスが見えてきます。
- 反復的な開発サイクル: まずはPlaygroundのようなローコード環境でアイデアを素早く試し、その有効性を確認してから本格的なコード開発に移行する。
- ガバナンスの統合: ツールやデータへのアクセス権限はUnity Catalogで一元管理し、MCPを通じてそのポリシーを一貫して適用する。
- 標準化による再利用: MCPに準拠したツールは、異なるエージェント間でも共有・利用が容易になり、開発の重複を減らす可能性がある。
DatabricksとMCPが切り拓く未来は、単なる技術的な進化に留まりません。これまでサイロ化しがちだったツール開発とデータガバナンスを融合させ、AIエージェントという新しいインターフェースを通じて、企業が持つデータとナレッジの価値を最大限に引き出すための、堅牢かつスケーラブルな基盤を提供します。
講演の最後には、複数のエージェントを統括するMulti-Agent SupervisorにもMCPサーバーを統合していく計画が示唆されました。このアプローチは、AIエージェント開発における「作る自由」と「守る統制」を両立させる、現実的かつ強力な解決策として、今後の業界標準となっていく可能性を秘めています。