Databricksが主催するData + AI Summitでは、毎年データとAIの未来を形作る新技術が発表されます。本記事では、その中からDatabricksのSr. Staff Product ManagerであるAdriana Ispas氏とPrincipal EngineerのLennart Kats氏による講演「Lakeflow in Production: CI/CD, Testing and Monitoring at Scale」を基に、データパイプライン開発の次世代標準となりうる「Lakeflow」の本格運用について、深く掘り下げていきます。
はじめに: Notebookベース運用の限界と宣言的アプローチの夜明け
多くのデータチームが、分析やプロトタイピングの初期段階でJupyter Notebookのようなインタラクティブな環境を活用しています。しかし、開発したコードを本番環境の堅牢なデータパイプラインへ移行する際には、属人化、バージョン管理の複雑さ、テストの難しさといった課題に直面します。
この課題に対するDatabricksの答えが、Lakeflowにおける「宣言的(Declarative)」アプローチです。これは、パイプラインの実行手順を一つひとつ命令的に記述するのではなく、「最終的にどのようなデータセットが必要か」を定義するだけで、システムが依存関係の解決や実行計画の最適化を自動で行う仕組みです。本記事では、この宣言的アプローチが、いかにして開発から本番運用までのプロセスを効率化し、信頼性を高めるのかを解説します。
Lakeflowの概要: データパイプライン開発の新しいパラダイム
Lakeflowの中核をなすのは、宣言的なデータパイプラインです。従来のNotebookベースの開発では、データソースAを読み込み、変換処理Bを行い、結果をテーブルCに書き込む、といった一連の処理を順番にコード化する必要がありました。もし処理の順序や依存関係が複雑になると、コードの可読性やメンテナンス性は著しく低下します。
一方、Lakeflowでは、開発者はSQLやPythonを用いて「このストリーミングテーブルは、そのテーブルを入力とする」といった形で、データセット間の関係性を宣言するだけです。
講演で示された例では、CREATE STREAMING TABLEやCREATE MATERIALIZED VIEW
といった構文で定義されていました。これを受け取ったシステムは、自動的にデータフローの依存関係グラフ(DAG)を構築し、どのタスクを並列実行できるか、どの部分を更新する必要があるかを判断し、実行を最適化します。
このアプローチにより、開発者は複雑なオーケストレーションを意識することなく、ビジネスロジックそのものに集中できます。結果として、パイプラインは理解しやすく、保守性に優れたものになります。
Lakeflowエディターの特徴: 開発体験を劇的に向上させる新機能
今回の講演で特に注目されたのが、Lakeflowの新しい専用エディターです。このエディターは、宣言的パイプライン開発を強力にサポートする機能を多数搭載しています。
Adriana Ispas氏のデモでは、いくつかの画期的な機能が紹介されました。まず、パイプラインのコードを複数のファイルに分割して整理できるため、大規模なプロジェクトでもコードのモジュール化と再利用が容易になります。
特筆すべきは、ファイル単位での実行機能です。パイプライン全体を再実行することなく、変更を加えたファイルや単一のテーブルだけをテスト実行できるため、開発サイクルが大幅に高速化します。デモでは、あるテーブルのロジックを変更した後、そのファイルだけを実行し、即座に結果を確認していました。
さらに、エディターにはデータプレビュー機能が統合されており、各テーブルの現在のデータ内容をすぐに確認できます。デモでは、プレビューでデータ品質の問題(例:マイナス値の星評価)を発見し、修正するという実践的な流れが示されました。依存関係グラフもエディター上で視覚的に確認できるため、パイプライン全体の構造を直感的に把握できます。
そして、AIアシスタントの統合も強力です。Ispas氏は「Command-I」というショートカットでAIアシスタントを呼び出し、「この人気度の計算ロジックを、特定の項目を重視するように変更して」といった自然言語のプロンプトを与えるだけで、洗練されたSQLコードを生成させていました。これにより、定型的なコードやデータ品質チェックのコードを瞬時に作成できます。
開発・本番環境の分離とGitベースのワークフロー
エンタープライズ運用では、開発環境と本番環境の厳格な分離が不可欠です。講演では、データサイエンティストやアナリストなどの「データ実践者」が開発を担当し、「中央データチーム」がインフラやCI/CD、本番リリースを管理するという役割分担のシナリオが提示されました。
Lakeflowはこのワークフローを前提に設計されています。Ispas氏のデモでは、Gitブランチを用いた開発プロセスが実演されました。開発者は、mainブランチから自身の作業用ブランチ(例: pr-567)を作成し、そこで安全にコードの変更やテストを行います。作業が完了したら、そのブランチをGitリポジリにプッシュし、コードレビューを依頼します。この一連の操作はすべてLakeflowエディター内から完結できます。
また、講演では現在ベータ版として開発中の単体テスト機能も紹介されました。開発者はパイプラインのロジックに対してテストコードを記述し、変更が既存の機能に悪影響を与えていないか(回帰テスト)を自動で検証できます。これもAIアシスタントがテストコードの雛形を生成する手助けをしてくれるため、テスト導入のハードルを下げています。
Databricks Asset Bundles(DABs)によるCI/CD自動化
開発者が行った変更を、安全かつ自動的に本番環境へデプロイする仕組みがCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)です。Lakeflowでは、Databricks Asset Bundles(DABs)というツールがこの役割を担います。
Lennart Kats氏のデモでは、DABsがどのように機能するかが詳細に解説されました。DABsは、databricks.ymlというYAML形式の設定ファイルを用いて、パイプライン、ジョブ、権限、環境ごとの設定といったDatabricks上のあらゆるリソースをコードとして管理します。
このYAMLファイルには、主に以下のような情報が定義されます。
- ターゲット(Targets):
dev
(開発)、prod
(本番)といった環境ごとの設定を定義します。例えば、開発環境では開発者個人のスキーマ(例: adriana_schema)に出力し、本番環境では共有のprod_schema
に出力するといった切り替えが、変数を用いて簡単に行えます。 - リソース(Resources): デプロイ対象のパイプラインやジョブの定義を指定します。どのソースコードファイルがパイプラインに含まれるかなどを記述します。
- 権限(Permissions): パイプラインやジョブに対するアクセス権限を定義します。これにより、本番リソースへのアクセスを特定のチームやサービスプリンシパルに限定できます。
このdatabricks.yml
ファイルがGitリポジトリで管理されることで、GitHub ActionsやAzure DevOpsといったCI/CDツールとシームレスに連携できます。開発者がプルリクエストを作成すると、CIプロセスが自動でトリガーされ、単体テストや統合テストを実行します。レビューと承認を経てmain
ブランチにマージされると、CDプロセスが本番環境へパイプラインを自動的にデプロイします。
テスト自動化とデータ品質の担保
信頼性の高いデータパイプラインには、テストとデータ品質の監視が欠かせません。Lakeflowは、パイプライン定義の中にデータ品質の期待値(Expectations)を宣言的に記述する機能を備えています。
例えば、「user_id
はNULLであってはならない」「ratingは1から5の範囲内であるべき」といった制約を定義できます。パイプライン実行時にこれらの期待値に違反するデータが検出されると、処理を失敗させるよう制御できます。
Ispas氏のデモでは、AIアシスタントを使ってこの期待値のコードを生成していました。これにより、データ品質チェックの実装が容易になり、パイプラインの堅牢性が向上します。これらのテストはCI/CDプロセスに組み込まれ、本番デプロイ前の最後の砦として機能します。
本番運用とガバナンス
本番環境にデプロイされたパイプラインは、安定して稼働し続ける必要があります。DABsを用いることで、本番運用に必要な要素もコードとして管理できます。
- スケジューリングとモニタリング: パイプラインを「毎日午前5時に実行する」といったスケジュール実行は、Databricks JobsとしてDABsのYAMLファイルで定義できます。実行状況のモニタリングや、失敗時の通知(メール、Slack、PagerDutyなど)も設定可能です。
- ガバナンス: 誰がどのパイプラインを操作できるかという権限制御や、コスト管理のためのタグ付け(例:
cost-center: data-engineering
)もYAMLで一元管理されます。これにより、組織全体のガバナンスポリシーを一貫して適用できます。
このように、インフラ構成から運用設定までをコード化(Infrastructure as Code)することで、手作業によるミスを防ぎ、変更履歴の追跡や再現性の確保が容易になります。
テンプレート活用によるプロジェクトの迅速な立ち上げ
新しいデータパイプラインプロジェクトを始める際、毎回ゼロからCI/CDの設定やディレクトリ構造を構築するのは非効率です。Lennart Kats氏は、DABsのテンプレート機能を紹介しました。
この機能を使えば、標準的なプロジェクト構成(ディレクトリ構造、databricks.yml
の雛形、GitHub Actionsの設定ファイルなど)をテンプレートとして保存し、新しいプロジェクト開始時に数クリックで展開できます。これにより、組織のベストプラクティスが詰まったプロジェクトを誰でも迅速に立ち上げることができ、開発の標準化と効率化が促進されます。
まとめと今後の展望
今回の講演で示されたのは、LakeflowとDatabricks Asset Bundlesが、データパイプライン開発・運用をアドホックな職人技から、体系的で自動化されたエンジニアリングプロセスへと進化させる強力なツールであるという事実です。
宣言的なパイプライン開発、Gitベースのワークフロー、CI/CDによる自動デプロイ、そしてテストとガバナンスの統合。これらすべてがDatabricksプラットフォーム上でシームレスに連携することで、データチームはより迅速に、かつ高い品質で価値を提供できるようになります。
講演の最後には、今回紹介された新しいLakeflowエディターやDABsのワークスペース統合機能が、現在ベータ版またはパブリックプレビューであり、近いうちにGA(一般提供)される予定であると語られました。これらのツールが成熟していくことで、Databricks上でのデータエンジニアリングは、さらに生産的で信頼性の高いものになるでしょう。今後の機能拡張にも大いに期待したいところです。